5月の日曜日、ゴールデンウィーク中のテーブルには鮮やかなカーネーションが中央に飾られ、美しい色どりの手料理がそれを囲んだ。

母の日のディナーは笑顔にあふれ、コロナ禍の鬱憤を晴らすかのように昔話に花を咲かせて皆で笑い転げた。

やがて箸も落ち着いたころ、乾きもののおつまみでも探す気だろう父が席を立つ。

予想どおり、書斎の引き出しにしまってある〈柿の種〉を手にふたたび着座し、つぶやいたのだ。

「父の日は、ビールでいいからな」

言葉にも目線にも宛所なく、宙に放たれてぽっかりと浮かんだような切望を、

「そうよ。それで十分よ。」母は秒速で処理した。

そういえば、去年も似たようなやり取りを目にしたような――

結果、どうだったか。確かに父は昨年、発泡でも第三でもない堂々たるビールを手にしていた。

「まぁな、ビールがあれば毎日が父の日よ。ワハハー」

そう。その日もそう言いながら、それはそれで楽しそうに飲んでいた。

しかし――

本当にそうなのだろうか。

『父の日は、ビールでいいからな』の裏には、実はビールよりも苦い心の葛藤が潜んでいるのかもしれない。

家族に意識が向けられやすいGWとセットになる母の日と比べると、6月の父の日の立ち位置は圧倒的に地味だ。ややもすると忘れられがちな日取りではある。

そんな不利な状況を鑑み、ハードルを限界まで下げて死守したいライン。それが『父の日は、ビール』なのかもしれない。

今年は何か別のものを考えてみよう。

たとえばこんな、抗ウイルス加工のTシャツとか、

消臭効果もあって、着心地のいいコットン100%。

しかも、キャンペーン中の今なら、

1ヵ月効果が持続するウイルス除去スプレーも付いてくる。(先着順・6月20日まで

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です